日本においての博士号の意味合い

特に、企業においての意味合いへの考察です。
以前7月に、当サイトと姉妹サイトの「技術オフィスTech-T」ブログで記載した内容と同じ問題意識です。
当サイドブログ記事「博士号の価値」にも関連した視点で掲載してます。

さて、1週間ほど前でしょうか、テレビを見ていると、日本の博士号保有者の割合が年次を追って低下している件が報じられてました。その中での大学教授へのインタビューでは、企業内においての博士号保有に関する価値があがり処遇改善される必要があるとのコメントでした。

これはかなり表面的な見解でしょう。確かに、処遇が良くなれば取得者は増え、保有率は増加するでしょう。しかし、なぜ、企業は博士号保有者の処遇を厚くしないのかという点で、これは、処遇を厚くする価値を見出していないからです。ということで、議論は振り出しに戻されるわけです。

二つの視点が必要と考えています。

(1)博士号の価値

極論を言うと、博士号に価値があるのではなく、博士号を持っている人の能力に価値があるわけです。

サムスン時代に感じたところですが、博士号取得で入社する人は、仮に新卒であっても、場数を踏んでいる、武者修行をしてきたという雰囲気が醸し出されていました。頼りがいがある、相談したくなるというオーラがあります。当然、取り組む仕事も必然的、自動的に高いレベルとなってます。

さて、一方の日本、私自身は博士号取得者をどうも奇異でしまいそうです。あるいは、日々の業務に埋もれていて、「あれ? あの人、博士号持ってたの?」という状況です。いい意味での、差別化やオーラがありません。よって、処遇を良くすることもなく、となります。

この差は、社会的な使命の違いのようです。さらに踏み込んで言うと、社会的な仕組みの違いに起因していると思ってます。
どうしても、博士号を取得すると、狭い領域の深掘りとなります。企業内での中長期の業務変遷やビジネス再構築を考えた場合、狭い領域の業務の永続性は疑問があります。企業としても、終身雇用を見据えた場合、永続的に抱え込むことに躊躇することも理解できるところです。

ということで、二つ目の視点です。

(2)社会的な仕組み

韓国は現地で勤務してましたし、中国・欧米の企業とも付き合いがありましたが、日本以外では、明確にJOB型です。処遇に不満なら、自分のキャリアアップを考えるなら、企業間での異動は日常茶飯事です。「転職」というようなハードルの高さではなく、「企業間異動」といった気軽さです。マネジメント専門職、経営層といったジェネラリストですらJOB型です。カルロス・ゴーンさんをみれば納得しますよね。

Withコロナ、Afterコロナで、JOB型が何かと話題になってますが、そもそもの社会的体制から変えないと根付きません。長期雇用に基づく褒章職の強い退職金制度は廃止すべき筆頭と考えています。将来に払うのではなく、日々払うように仕組みを変えないといけません。退職金制度は、企業にとっては人を抱え込む手段ですが、転職を考えるほうからみると大変に不利益な仕組みです。

その上で、JOB型の仕組みが根付くと、その人の価値を客観的に見る指標、各種公的資格であり、博士号でのかち評価とおなります。
他、論文数や特許数なども客観的指標となります。この辺りは、自分で転職を考えるとそれら、外的に主張できる評価指標の意味合いが良くわかります。

以上、
 博士号の価値・意味合い
と、
 日本の企業&労働環境や慣習の面
との二つの視点から考察が必要な内容です。

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